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zoom RSS 「戦争できる国」は危ない?

<<   作成日時 : 2012/10/05 00:27   >>

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自民党の新総裁に安倍晋三が決まった。

9月30日ゲンダイネット「安倍なんかで自民に未来はあるのか」内で「安倍は中韓との領土問題をハナから解決する気などない。むしろ、緊張関係を利用して、再軍備に向けた改憲ムードを煽り立てている。そうやって日本を戦争のできる国に衣替えさせるつもりだろう。本当に危ない男だ」との記述があった。

はて、「戦争できる国」にすることは本当に危険なことなのだろうか?

そもそも戦争行為は国際紛争を解決する最終手段として国際法上も認められており、すべての国家に平等に付与されている当然の権利である。

ところが我々はどういうわけか、この当然の権利を自主的に放棄してしまった稀有な国家なのである。


わが国の国民性として常々危険だと思っているのは極端から極端へ走りやすいということである。
「戦争だ!」というと一気に戦争へ突っ走り、負けるとその反動で一国平和主義の中へ逃げ込み「坊主憎けりゃ袈裟までにくい」ということで、自衛隊の軍服姿を見ただけでも拒否反応を示す(少し前まで自衛隊員は制服で通勤できずに、自衛隊に着いてから制服に着替えるというのが当たり前だった)国民が多く、どうも今の人たちは軍隊や、武器といった戦争に関するものを「臭いものにふた」式に見ないで自分から遠くにおいておけば戦争は起こらないと信じているような節がある。

先日、陸自隊員がフル装備で街中を行軍したニュースでは各局キャスターは「ちょっと怖いですねぇー」などという一般人のコメントを紹介しつつ、異常な光景としての見方しか提示しなかった。本来ならばわれわれを守ってくれている人たちなのだから「ご苦労様」「ありがとう」といった災害派遣時にかけたような言葉をかけなければいけないのにである。こちらのほうが本来の自衛隊のあるべき姿なのにである。


子供の頃自転車乗りの練習をしているときに電柱にぶつかりそうになって、怖いので目をつぶってしまうとそのままぶつかってしまった経験があるが、ぶつからないためには目をつぶらず、しっかりそれを見なければ回避できないとうことを学んだ。
それと同じように「戦争を回避」するにはそれから目を背けるのではなく戦争をじっくり見つめなくてはいけないということだ。ただ「平和、平和」と唱えているだけでは駄目で、今までの歴史の中からどういう状況で戦争は起こるのかということを検証しなければ、それを回避する方法も見えてこない。

湾岸戦争時、クェートはなぜイラクに侵略されたのか?
どこの国も負けると分かって戦争することはない。勝算があるからこそ侵攻したのであって、日本のように平和ボケして軍備にそれほどお金をかけていなかったクェートはその付けを払わされたのだ。

「賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶ」歴史から学ばねばならない!!

隣国が着々と軍備を増強しているのに防衛費をどんどん削減しているこの国は危うい。
平和ボケしている日本とクェートの違いはわが国には日米安保条約があるということである。
日本を攻撃しようとするものはアメリカとも戦わなければならず、これはかなりしんどい。
しかしこの状況に胡坐をかいていてはいけない。米国としても自国が侵略されたわけでもないのに同盟国とはいえ他国のために血を流すということは相当のことであり、日本が自国を守るという姿勢の本気度を試されることになるのだ(誰が本気で戦おうとしない人間を応援しようとするだろうか?)。

大分前の調査だが、世界の若者に「自分の国が他国に侵略されたときどうするか?」との質問があった。ほとんどの国の若者は「武器を取って戦う」と答えたものだが、わが国の若者だけは「裏の山へ逃げる(山で生活する術を持っているのか?)」と答えたという。

世界中のならず者国家と称されている国でも米国の言うことには耳を傾ける、米国を完全に無視することはできない。それは米国が言うだけでなく実際に軍隊を派遣して実力行動を起こすからだ(いい悪いは別にして)。
それに対して、自ら交戦権を放棄し絶対に自分から戦争を仕掛けることはないと公言している国の言うことをまともに聞く気になるだろうか。自ら手足を縛ってしまった者がどんなことをわめこうが何も怖くはない、言わしておけばいいだけのことだ。

「そっちがその気ならこちらにも覚悟があるぞ、やってやるぞ!」の気構えを見せなければ、相手もまともに取り合おうとはしないものだ。つまりいざとなったら戦争も辞さないという態度を見せなければならない。交戦権は絶対に放棄してはいけないのだ。

もちろん、百害あって一利なしの戦争などはする必要もないし、するべきでもないが「戦争できる権利」は保持しておくべきなのである。

結局憲法9条の改正ということになるのだが、これをもって軍国主義へ回帰するということなどにはならず(中、韓は軍国主義復活などと騒ぐだろうが)、ただみんなが持っている交戦権を再び手にし、普通の国になるというだけのことなのだ。このことを危険というなら世界中の国がすべて危険ということになる。



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